日本茶の美学

2024.03.11食べもの

「日本茶」には、茶道で振る舞われる抹茶から、一般家庭で飲まれる煎茶まで幅広く色んな「お茶」があります。今回は、歴史を踏まえた上で、私たちが知っていそうで知らないお茶の作法やその意味について考えてみたいと思います

日本茶の歴史と茶道

最初に日本にお茶が伝わったのは平安時代。遣唐使や留学僧によって伝えられたと言われています。当時のお茶は餅茶(団茶)と呼ばれる茶葉を丸く固めたお茶で、一部の貴族階級や僧侶など限られた人々だけが口にする大変貴重なものでした。この段階では、まだ、日本茶というよりは中国茶です。
本格的に日本茶が飲用されたのは南北朝時代で、臨済宗の開祖である栄西禅師が宋から日本に持ち帰ってきたことがきっかけとなりました。栄西が学んでいた禅宗には「お茶でも飲みませんか?」という意味を表す「喫茶去(きっさこ)」という言葉があり、禅院では頻繁にお茶が振る舞われていました。その考えをもとに栄西が日本初の茶の専門書である「喫茶養生記」を著し、お茶の製法や効能を説きました。同時期に栄西は佐賀県にある背振山でお茶の栽培を始めています。その後、華厳宗の明恵上人(みょうえしょうにん)によって京都に茶園が作られ、寺院を中核とした茶園は周辺地域にも広がり各地でお茶が栽培されるようになりました。

同じ頃、寺院だけではなく、武士階級にも喫茶が広まり始めます。
安土桃山時代には、村田珠光が「侘び茶(わびちゃ)」を創出し、これを受け継いだ武野紹鴎(たけの じょうおう)や千利休らが現代の茶道へと通じる「茶の湯」を完成させ、武士や豪商たちに嗜まれるようになりました。江戸時代になると茶道は完成の領域に入っていましたが、庶民に飲まれていたお茶は抹茶ではなく、簡単な製法で加工した茶葉を煎じた(煮だした)ものだったようです。

その頃から茶道は大事な社交の場として発展してきました。茶室では身分や肩書きに関わらず亭主は客人をもてなし、一服のお茶を通して一期一会の心を通わせます。そこには、「”もてなし”と”しつらい”の美学」が細部にまで宿っています。亭主は茶室の空間、道具、料理やお菓子、所作の一つ一つなど、心を尽くしてもてなすのです。抹茶に限らず、日本茶には、今でも、そんな心根が潜んでいるように思います。

今も残り、そして変化する善き風習

最近、日常はもちろん、冠婚葬祭などの場面でも伝統的なお茶の作法が見直されています。

例えば、茶道の精神を取り入れた「茶婚式(ちゃこんしき)」という新しい結婚式の形が話題になっています。茶婚式は夫婦固めの儀や親族固めの儀など、神前式の儀式が取り入れられていますが、本質的には参列者に結婚を誓う人前式と似た挙式スタイルです。茶人が点てた濃茶を参列者全員でお茶菓子とともにいただきます。他の結婚式に比べて宗教的要素も少なく誰でも開催しやすいことや、入場から退場までお茶会に少しの儀式が加わっただけのとてもシンプルな流れであるところも好まれているようです。

ここ数年、春になると「桜茶」という飲みものが話題に上ります。桜茶は桜の塩漬けにお茶を注いだものですが、いわゆる「映える」お茶だからでしょうか、SNSに頻繁に登場します。そもそも桜茶の起源は、江戸時代まで遡ります。当時、お見合いや結納、婚礼といった大切な祝いの席において、お茶を出すことが「お茶を濁す」「茶々を入れる」という意味につながることから「お茶を飲むこと=縁起が悪い」とされていました。そこで登場したのが桜茶であり、桜の花びらを満開の桜に例え、縁起物として結納の席などで振る舞われました。

現代社会では、日本茶の古き善き風習が薄れつつありますが、日本茶は、心を伝える媒介として私たち日本人の生活様式の中に古くから根付いてきました。「大切な場面にはお茶がある。」それが日本茶の役割だったようです。最近、嬉しいことに日本国内のみならず海外でも抹茶を中心に日本茶の話題を目にする機会が増えてきました。例えば、数年前までは、女性に人気のアフタヌーンティーに抹茶と和菓子を提供してくれる店はほんの数件しかありませんでしたが、一流ホテルのレストランも含めて数え切れないほどの数になっています。また、日本茶の輸出量もこの10年で10倍※に伸びています。米国では、抹茶フレーバーのドリンクやスイーツから人気が広がり、今や、緑茶のペットボトル飲料が普通に販売されるようになり、抹茶専門カフェチェーンまで誕生しています。同時に、日本茶の持つ文化的背景に興味を持つ人も増えているそうです。私たちも、日本茶を楽しみながら、”風流、粋、様式美”などなど、ちょっぴり忘れがちな日本人の精神性を思い出してみるのも良いのではと思います。

※農林水産省「茶をめぐる情勢」レポートより

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Happy コーディネーター eiko

タイ料理研究家の第一人者「氏家アマラー昭子先生」に師事し、ディプロマを取得。川崎市でタイ料理教室を主宰。 タイ料理との出会いは、お子様が小さかった頃、自分の食べたい物や辛いものを好きな時に食べられないストレスを、タイ料理教室と言う非日常の時間を持つことで癒されたから…とのこと。 ご家庭で手軽に作れる、見栄えの良いタイ料理に定評あり。

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