ひとりマグマの時代:現代社会における「ひとり時間」の価値

2024.11.21食べもの

「ひとりマグマ」という言葉をご存知でしょうか。これは、40年以上にわたり、生活者研究を続けてきたシンクタンク「博報堂生活総合研究所」が作り出した造語です。一見何を意味するのかわかりにくいかもしれませんが、実は「ひとりになりたい」「ひとりの時間を楽しみたい」という現代人の心の奥底に潜むポジティブなエネルギーを表現したものです。私たちは家庭、学校、会社といった集団の中で生きることが当たり前の社会にいますが、だからこそ「ひとり」を求める気持ちが湧き上がることもあります。この「ひとりマグマ」は、現代の新たなライフスタイルの一端を象徴しているといえるでしょう。

社会が捉える「ひとりでいること」

従来、ひとりでいることに対するイメージは必ずしもポジティブではありませんでした。「独身貴族」という言葉が流行した1970年代以降、ひとりでいることが「自由でリッチなライフスタイル」の象徴として脚光を浴びるようになりました。しかし、この言葉の背後には、「結婚して家庭を持つことが当然」という社会通念への対抗意識も見え隠れしています。また、1990年代には「パラサイトシングル」という言葉が山田昌弘氏によって提唱され、親元にとどまり自立しない若者たちを問題視する視点が現れました。非正規雇用の増加や若年層の経済的不安定が背景にあり、当時「パラサイトシングル」は社会問題として大きな関心を集めました。

近年では、「ぼっち」と呼ばれる孤立を意味する言葉が、若者の間でよく使われるようになりましたが、コロナ禍を経て状況はさらに変わってきています。「おひとりさま」や「ソロ活」といった新しい言葉が登場し、ひとりで過ごすことがポジティブなライフスタイルとして認識されつつあります。

「ひとり化」と「いっしょ化」の共存と食生活の変化

「ひとり」を楽しむ文化が広がる一方で、家族や友人との時間を大切にする風潮も見られるようになっています。この「ひとり化」と「いっしょ化」のバランスは、私たちの食生活にも影響を及ぼしています。

たとえば、家庭で過ごす中でも、ノイズキャンセリングイヤホンを装着して自分だけの音楽に浸る一方、食事の時間はしっかりと家族と向き合うという生活スタイルを選ぶ人がいます。これは、食事の役割が単なる栄養補給の場ではなく、本来、食事が担っていた家族や友人とのつながりを再確認する重要な時間へと戻りつつあることを意味します。実際、週末だけは家族で食卓を囲む「ハレ」の食事にし、平日は気軽に「ひとりご飯」を楽しむなど、柔軟な食生活が定着し始めています。

また、ひとりで食べる時間を楽しむ「ソロご飯」が増加することで、コンビニやデパ地下での一人前の総菜や、おしゃれなパッケージの冷凍食品などがますます充実してきています。食材や調理方法の多様化により、ひとりでも満足できる質の高い食事を簡単に楽しめる時代が到来しました。ひとりの時間を充実させる食文化が進む一方、家族や友人と過ごすときには、会話が弾むような「みんなで分け合える料理」が選ばれることも多くなっています。大皿料理やシェアプレートといった形式の料理が食卓に並ぶことで、自然と「いっしょ化」の空間が生まれ、心地よい交流の場としての食卓が復活しつつあるのです。

これからの時代、「ひとり化」と「いっしょ化」を選びながら、私たちの食生活もさらに多様化していくでしょう。ひとりで過ごす時間には自分を労わり、自分らしさを味わえる食事を、いっしょに過ごす時間には大切な人たちとの共有を楽しめる食事を――このような新しい食スタイルが、私たちの生活に豊かさと充実をもたらしてくれるのではないでしょうか。

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KEI

写真付きコラムの執筆。コミュニティクリエイター。フォーチュンテラー(タロット)。日本大学藝術学部写真学科卒業。